修道中学6組会『第8回プチ修学旅行』を終えて

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   四国(香川・徳島・高知)を巡る『学びとグルメ』の旅  プチ修学旅行実行委員会編      
 

そもそも、このような老人(73歳)の修学旅行を思いついたのは他でもない。
修道中学3年間同じ教室でいたずら盛りを過ごした60名の美少年が60年近く経って、それぞれが社会の第一線から身を引いて、それなりの専門的な知識と経験を身に付けている今の姿を見るにつけ、「その経験と知識を分かち合え、学べる手段はないものか?」と考えたのがこの修学旅行の発端であった。
 当初は『勉強会』とか『読書会』を考えたが、それぞれ興味とか趣味が異なり、時間の調整も極めて困難である。とてもじゃないがまとめていく自信も無いし、勝手気ままな老人をうまく調教していける自信もない。
 「それでは1台の車に詰め込んで勝手気ままにそれぞれの専門の知識、薀蓄を披瀝させたらどんなものであろうか?」とアウフヘーベンした次第である。
 これなら自然とごく狭い『ゼミナチオン』が成立して、車内は『ブレーンストーミング』の嵐が吹きまくることになる。かくてまんまとこの企画は当たったのであった。
 けれども、最初からスムーズに事が運んだわけではなかった。
 いくら暇と時間がある老人といえども、世の中の酸いも甘いも経験してきている猜疑心に富んだ連中であるから、ちょっとやそっとでは人の話に乗ってこない。
 至れり尽くせりのお膳立てをして、且つ安く、且つ快適で、且つ多くを学べ、且つ愉しい旅行でなければ乗っては来ないのである。
 今回で8回目の修学旅行になるが、当店も旅行の企画に不慣れな面も多々あって、4回目くらいまでは人集めに苦労することがあった。
 比較的スムーズに事が運びだしたのは5回目位からであった。今では参加者が事後に礼状をよこして「次回の旅には是非6人のメンバーに加えて下さい」とへりくだった態度を示すご人がほとんどである。
 さて、本来の今回の旅の話に戻そう。
 今回も8人乗りの『アルハード』にかってのクラスメートの中で美男子順に5人を厳選して、広島市を8時30分に出発した。三原で1人拾って、6人は勇躍として秋晴れの瀬戸大橋を渡った。
 徳島県の丸亀に到着すると、まず『長田ⅰn春の香』で『釜揚げうどん』を賞味する段取りになっていた。

DSC_0001-1.jpgDSC_0008--2.jpg『釜揚げうどん』はたかだか350円であるが、6人とも『オイナリさん』を2個ずつ頼んだので、300円の追加料金となった。同じ割り勘なら喰わなければ損をするという中学時代のさもしい料簡がこんなところに湧出して来るのであった。「最初から、年甲斐もなく、いささか喰いすぎたかな?」といぶかりながらも6人の老人は再び車中の人となった。旅行プランによると、次の行程は『金毘羅神社』の登坂である。「とても1000段以上ある石段は登りきれない」と『中宮』まで車で登り、『資生堂』が経営する『神椿』というパーラーの駐車場に車を滑り込ませた。ここから『本宮』までなら階段を500段位登れば事足りるという老人なりのずるい考えなのである。DSCF0232--3.jpg
 『本宮』に到達するまでにはやたらと神社が多いのである。そのたびに6人の老人はお賽銭をはずんで、よからぬ、且つ、叶わぬ願を懸けつつ、オッチラオッチラと階段を登って行くのであった。DSCF0240-4.jpg
 頂上で琴平市の町を一望して、新鮮な空気を腹いっぱいに吸い込んで、全行程の2分の1の達成感を味わった。すがすがしい気分になったところで、6人は登ってきた階段を再び下って行くことにした。
 それはそれ、プチとは言え、歴史ある立派な『修学旅行』である。中腹にある『表書院』に展示してある『円山応挙』の障壁画を観賞して行くことにした。鑑賞代金はお一人様800円である。古びた神社の所蔵品である。近くで見せるわけでもなく、照明は暗いし、廊下はきしむ。やはり美術鑑賞は近代的な美術館で鑑賞するにしくはないと心に強く感じた次第であった。DSCF0245--5.JPG
 駐車場をお借りしたことに対し、戦前生まれの律儀な老人達はパーラー『神椿』でお茶をして、高速道に出て一路高知市に向かった。四国山脈を縦断するのであるから、やたらと長いトンネルが多い。運転者以外はお昼寝の時間帯である。
 お日様が沈むのと競走しながら、『桂が浜』に到着すると、まずは『坂本竜馬先生』の銅像を拝謁することにした。DSC_0014--6.jpg
 この像は昭和3年5月に『高知県青年部』によって建設されたものであるが、一部『秩父宮さん』の寄付を仰いだということもあっで、太平洋戦争時の『金属回収令』を免れたといういわくつきの銅像なのである。日本一の高さがある銅像であるということなので、はるか離れて見上げることになる。
 人っ子一人いない夕暮れの『桂が浜』をのんびり散策して、勇躍灯がチラホラし始めた高知市内に取って返すことにした。DSC_0019-7.jpg
 一旦ホテルの駐車場に車を預け、ホテルの支払いを済ませて、部屋に手荷物を運び込んで、本日の名イベントである高知市内の繁華街にある居酒屋に乗り込むことにした。
 ホテルを出て、近代的な高知駅までは歩き、そこから一人200円出費して『土佐の路面電車』に乗り込んで繁華街に向かった。繁華街の入り口にある記念碑的な朱塗りの『はりまやばし』で集合写真を撮って、繁華街の一つ裏筋にある居酒屋『大吉』に繰り込んだ。DSC_0033-8.jpg



DSC_0036-9.jpg取り敢えず、生ビールを注文して、乾杯をして、まずは『カツオのたたき』を2人前注文した。DSC_0041-10.jpg

醤油味と塩味である。一人がそれぞれわずか一切れずつのご賞味である。言わずと知れて新鮮そのものである。さすがに本場の味はこたえられない。DSC_0045-11.jpg
 「なぜ、総勢6人でありながら、注文が二人前なのか?」と言うと、我々は少量ずつ多くのメニューをこなさなければならない責務を負って、この場に座っているのであった。それほど我々老人に残された時間は少ないのであり、且つ、最早一度に多くの量は摂取できない体に堕してしまっているのであった。
 次に出てきたのが『チャンバラ貝』(学名はマガキガイ)で、殻つきのまま塩ゆでにして、爪楊枝で身を穿(ほじく)り出して食す。これがまた、コリコリして絶品なのである。DSC_0043-12.jpg
 次に注文した『ウツボの刺身』は残念ながら本日品切れ。『ウツボの空揚げ』でお茶を濁す。まるで、牛の『白肉』のような食感で、一口では噛み切れない歯ごたえがたまらない。これも珍味中の珍味である。DSC_0044-13.jpg
 やおら正気を取戻し、一段落したところで、ここらでありきたりではあるが『刺身の盛り合わせ』を2人前注文する。マグロ、ブリ、鯛、サワラの厚切り。さすがに本場である。新鮮そのもの。2800円が「アッ!」と言う間に消えて行った。DSC_0046-14.jpg
 ミズイカの刺身は品切れで喰いそびれたが、烏賊ゲソのボイルの酢味噌和えと当初のグルメ計画に入っていた『烏賊団子の空揚げ』はしっかり胃の中に収めた。DSC_0053-15.jpg
 さらに漁師料理の珍味『マンボウの空揚げ』と『甘辛く煮付けたマンボウの心臓(ハツ)』を「これも絶品だ!」と諸人こぞりて競い、且つ、喰らい、嘆声を上げながら完食した。

DSC_0052-16.jpgDSC_0049-17.jpgそのほか『青海苔天』とか『山芋紫蘇巻天』を追加し、なぜか高知まで来て『カキフライ』を注文するというご人まで現れるおまけも付いた。
 旅の記念に酒は純米超辛口『船中八策』を注文し、最後の締めは土佐清水港直送の『サバ寿司』にすることにした。DSC_0050-18.JPGDSC_0060-19.jpg
 「もう、これでじゅうぶんか?」と言う問いかけに「もう、じゅうぶんじゃ!たらふく食うた!」という烏合の衆の返事を確認して、いざ、居酒屋を後にして、雨上がりの歩道をテクテク歩いてホテルに帰ることにした。本日の高級居酒屋『大吉』での散財は一人頭税込4120円と言う結果となった。
 ホテルの一部屋に集まり『反省会』を開きながら、再び、一杯ひっかけて、午後10時過ぎに解散して、寝についた。
 朝食はバイキング方式。朝の7時30分にそれぞれが好みの物を飲食して、9時にホテルを後にした。1泊朝食付、駐車料込みで、〆て一人3690円であるからバカ安い。おまけにツインの部屋は広くて快適、バスもゆったり浸かれる広さが採ってあるし、当然トイレはウオシュレット。DSC_0071-20.jpg
 カーナビに操られながら、高速から外れて、吉野川に沿って国道32号線をひた走った。『祖谷(いや)の蔓(かずら)橋』に向かったのである。
 『祖谷の蔓橋』は『日本3大奇橋』で『国・県の重要有形文化財』に指定されていて、3年に1度架け替えられているそうである。
 かずら橋の直ぐ手前にはコンクリートの車道と人道が谷をまたいで建築されていて、かずら橋を見下ろすことができる。かずら橋の入り口には料金所があり、拡声器を手に持ったむつくけきおじさんが番をしていて、ここぞ名にし負う三途の川と言わんばかりに渡橋料金大人一人550円を徴収する。
 この橋を観光客が引きも切らずに渡って行くのである。さぞかし、この村の財政はびっくりするくらい豊かであるに違いない。
 橋の敷板と敷板との間隔が12センチ位開いていて、その隙間(すきま)から遥か谷底が眼下に見下ろせるように仕掛けてある。しかも歩くとよく揺れる。6人の老人はチビリそうになりながら、勇を鼓して渡り切った。観光客は修学旅行生や白人や中国人が大半を占めていた。DSC_0095-21.jpg
 紅葉を愛でながら、吉野川沿いに国道32号線を更に遡って、大歩危、小歩危で小休憩して、『徳島自動車道』の下を掻い潜り、ほとんど対向車もいないくねくねと曲がった県道を一路坂出市に向けて車を飛ばした。
 『瀬戸中央自動車道』を渡り、三原、西条と途中で3人の老人を家まで送り届けながら、車は午後5時には広島市内に滑り込んだ。かくて、『1泊二日のプチ修学旅行』は無事終了した。
 今回の旅行費用は1人頭1万7500円也。全走行距離710キロ。そのうちガソリン代、高速代、記念写真代は均等に徴収したが、当然お土産代は各人が支払った。
 さて、この『プチ修学旅行』の企画者が来春まで、運よく生き延べられたらのお話であるが、来年の春には京都・奈良地方に『花見の宴』と洒落込もうと計画を立てている。2泊3日の『桜』だけに絞ったプチ修学旅行である。