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山田 薫

高校教頭 理科教諭

山田 薫

修道には、藩校を起源とする長い歴史が培った
“人を成長させる力”が満ちている

修道中学校 修道高等学校は、広島藩の藩校を起源とした、300年近くもの歴史をもつ学校です。1725(享保10)年11月4日、広島藩第5代藩主・浅野吉長(よしなが)公が、広島城下に「講学所」という名前の教育機関をつくらせたのが修道の始まりです。11月4日は、現在も修道の創立記念日として受け継がれ、11月に行われる文化祭は1725年の創始から数えた年数で呼ばれています。

山田 薫

「講学所」はその後、名前を変えながら、場所を移転していきました。1870(明治3)年に初めて現在の校名「修道」の文字が入った「修道館」という呼び名が使われますが、修道という名前の起源は、中国の古い書物の一つである「中庸(ちゅうよう)」の一節からとったものです。そこには「生まれつき天から与えられている個性を、人は理想を求めて伸ばしてゆく。それが人の生きる道である。その『道を修める』こと(つまり修道)が教育のつとめである」という意味のことが書かれています。

さて、藩校を起源とする修道ですが、1878(明治11)年、広島藩最後の藩主・浅野長勲(ながこと)公が、藩校を継承する「私立浅野学校」を設立しました。その後、山田十竹(じっちく)を初代校長に迎え、「修道学校」と校名を改めました。しかし、長勲公はその立場上、公立学校の設置を進めなくてはならず、1886(明治19)年、私学である修道の経営から離れることになりました。この危機に十竹先生は、自宅において一人で学校を存続させたのです。

山田 薫

現在の修道があるのは十竹先生をはじめ、志をもった多くの人々が幾度かの存続の危機を乗り越え、努力を積み重ねてきたからなのです。

21世紀の修道で教壇に立つ私達教員も、その志を受け継ぎ、建学の精神である「有為な人材の育成」、つまり高い能力を備えた世の中の役に立つ人を育てるために、情熱をもって毎日の授業を行っています。

そして修道には長い歴史が培った、人を真に成長させる力が満ちています。ここで私達と共に学びましょう。